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高卒ブルーカラーの考えるあれこれ

1988年生まれ 大阪在住 二児の父

ブルーワーカーに副業は難しい?

最近、副業が条件付きだが解禁されつつあるらしい。本来、公務員でもない限り法的に問題ないが、多くの企業で社内規則で禁止にされてきた。しかし、働きかたの見直しやスキルアップを目的として解禁する企業が増えている。

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もちろん副業ならなんでもいいわけではなく、「本業に支障がない」「競合する業務内容ではない」「会社の信頼を損なわない」などの条件はある。それでも副業できる環境になりつつあることは喜ばしい。何故なら「生き方」に多様性が産まれるからだ。

 

リーマンショックが起きた頃、多くの企業で仕事が減少してしまった。それで潰れてしまった企業もある。私の会社はなんとか持ちこたえたが、仕事がないので平日も休みになってしまった。週休4日なんて時もあった。当然給料も減るので、こっそりバイトしようと思ったくらいだ。当時はまだ実家にいて少ない給料でも問題なかったが、もし同じような事が起きたら、確実に持ちそうにない。そういう意味でもやはり副業解禁は必要だろう。

 

しかし、単純の副業といってもスキルや資格を活かしたものからバイトのような時間で雇われるものまである。自分で仕事を産み出したり営業できるなら、もしかしたら本業以上に稼げるかもしれないが、バイトでは不可能だ。そこには個人の能力という深い溝が横たわっている。

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特に肉体労働者は体を動かして付加価値を産み出すので、業務が終わってからさらに働くのはよほど体力に自信がなければ難しいかもしれない。そうなると時間給ではない仕事を探さなければならない。例えばWEBライターやアフィリエイト、あるいは何かをクリエイトして販売するなどだ。(小物を作ってminmeで売ったり文章を書いてnoteで売ったり)

誰とも会わずに稼ぐ、22つのネット副業の方法【在宅で儲ける現実的な方法】 - LITERALLY

 

私は本業で稼げる人は副業でもそれなりに稼げるのではないかと思う。ココナラというスキルを売れるサービスがある。例えば設計、CAD/CAMが出来るなら、ここで図面作成の代行や指南で稼げるかもしれない。しかし、機械オペレーターで加工しかできないのならそれもできない。結局持ちうる能力の優劣や希少性がものをいうわけだ。

 

 だがけして諦める事はない。副業は本業では得られない経験を積むチャンスでもある。私は業務で顧客と顔を会わせる事はない。副業でレジ打ちなどの接客業を選べば接客スキルも向上する。実際に雇ってもらえるかはわからないが、例えばミスタードーナツはバイトであっても厳しい研修があり、接客業の基本を叩き込まれるようだ。

近くのミスタードーナツでのバイト | Baiteee | バイト体験紹介メディア

 

しかし、前述の通り肉体労働者にとってはダブルワークは決して簡単ではない。特に日常的に残業や休日出勤がある人には尚更厳しい。どんな仕事をしてどう生きるのか。いくら副業が解禁されたとしても、生き方を選ぶ事は容易ではない。

高卒ブルーワーカーはホワイトカラーの夢を見るか

一昨年、電通の女性社員が自殺した事件を受けてか、ほんの少しずつだが働きかたを見直そうという動きがある。残業時間を削減とか、業務の効率化についての記事もよく見かける。

 

働き方改革第一弾として、ホワイトカラーが今すぐ無くせる5つの残業 (榊 裕葵 社会保険労務士) : シェアーズカフェ・オンライン

 

残業上限60時間を「画餅」にさせないために | ワークスタイル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

残業の減らし方について。 | Books&Apps

 

仕事ができる人とできない人の25の具体的な違い:今すぐできる業務効率化の方法 - LITERALLY

 

ふと思ったのだが、ブルーワーカー向けの記事は見かけないと気づいた。基本的にオフィス業務に携わる人のための内容ばかりだ。 

 

勘違いしないで欲しいがそれがけしからんと言いたいのではない。現場作業者の役に立つサイトもある。

製造業Q&Aサイト - 技術の森

 

ニュースサイトやBLOGOSにブルーワーカー向けの記事がほとんど無いのは、単純にブルーワーカーはそういったサイトを利用しないからだろう。昼休みでもソーシャルゲームをしている人は多い。(わざわざ覗きこんでいるわけではないよ) 

 

三十路手前になって特に思うが、高卒と大卒の壁はあまりに厚い。私の職場でも高卒と大卒が並んで仕事する事はない。(契約社員から正社員になった場合は別だが) 設計や営業、事務等は高卒は配属されない。任される業務も違えば質も違う。あくまで個人的な意見だが、いつの間にか追い付けないほどに、スキルや情報量に差がついてしまっているように思う。でもそれは仕方がないことでもある。

 

今の会社に就職して10年が過ぎた。同じ高卒の先輩方はホワイトカラーに憧れたりするのだろうか? 正直、オフィス業務に憧れがある。しかし転属にしろ転職にしろ、高卒で業務経験がないのはかなり厳しいだろう。しかし、嘆いていても仕方がない。現状をよりよくする、リスクを背負って転職する、大学に入る。いずれにせよ前に進むしかないのだ。

バンダイチャンネルに救われた話

先日、アニメ配信サービス「バンダイチャンネル」に入会した。本当はdアニメストアに入会したかった。あいにくパソコンは壊れており、Kindleで視聴できるバンダイチャンネルにしたのだ。(スマホでは画面が小さすぎて嫌だ) 前から見たかった「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」と、今話題の「けものフレンズ」を観賞しているが、とても面白い。息をつかせぬ展開のガンダムは見ていて胸が苦しくなるし、けものフレンズはゆるさ全開の中に膨大な情報が仕込まれており、考察を読むだけでもかなり楽しい。私はやはり「アニメ観賞」がとても好きなんだなと思った。

 

子どもの頃からアニメが好きで、戦隊物や仮面ライダーより、勇者シリーズなどのアニメを好んだ。理由はわからないが、そういう性格だった。中学生あたりから深夜にアニメが放映していると知った。自分の部屋を持つ友人が教えてくれたのだ。確か「ちょびっツ」の話だった。私も見たかったが、その環境がなかった。私の実家は2LDKのマンションで、両親と私を含めた四人兄弟が住んでいて、自分の部屋などない。当然自分のテレビもなく、唯一の録画機器はリビングにあるVHSだ。しかし、父はリビングに布団を敷いて寝起きしており、とても録画出来そうになかった。その間にも興味深そうなアニメが次々と放映されて歯痒い思いだった。

 

私が学生時代に放映されたアニメのタイトルを思い出してみた。「妄想代理人」「サムライチャンプルー」「蒼穹のファフナー」「宇宙のステルヴィア」「創聖のアクエリオン」「げんしけん」「ラーゼフォン」……。ロボットアニメが多いのは当時スパロボにはまっていて印象的だからだ。私はずっと置いてけぼりにされた気分だった。

 

そんな訳で、二十歳で一人暮らしを始めた私は来る日も来る日もアニメばかり見ていた。帰宅して家事をすませ、食事の用意を終えたら、後はもう録画したアニメを見ているだけで十分だ。私の住んでいた物件では、NHK総合Eテレ、読売、関テレ、ABC 、毎日、テレビ大阪サンテレビ京都テレビが受信でき、毎日何かしらのアニメが見れた。一話で視聴を止めた作品もあれば、これはすごい、全部見るまで死ねないと思える作品もあった。嫌な事、辛い事もたくさんあったが、アニメを見ているとそれらを忘れられた。私にとっての癒しだったのだ。

 

私はアニメに救われてきたが、一方でアニメ観賞をしている事を知られたくはなかった。知られる事が恥ずかしいと今でも思っている。別に同族嫌悪はしていないし、周りの人でも(それこそおじさんでも)アニメ好きを公言している人もいるので気にする必要はないのだけど。それに私は他人と何かを共有して楽しむのが苦手だ。それはたとえ妻だったとしてもだ。妻はアニメには嫌悪感を持っていない。むしろ好きなくらいで、仕事が休みの日や産休中にはたまにレンタルして見ている。なんせおっぱいが出まくる作品、「聖痕のクェイサー」も普通に見れるほどだ。しかし、私はアニメを見るのを止めてしまった。

 

アニメを見なくなってから、私はよくイライラするようになった。代わりに本を読んだり映画館に行くようにしたが、それでも見たい気持ちは変わらなかった。子どもがいる大人がアニメばかり見てどうするんだと思って我慢したが、その間にもたくさんのアニメが放送されていった。心引かれる作品がある度に見れないことに落胆し、それもストレスになった。自分で決めたことではあるのだが。

 

そうして3年が過ぎたある日、Kindleバンダイチャンネルが視聴できると知った。丁度育児休暇中の妻が「マクロスΔ」をレンタルして見ており、わざわざ借りるよりこっちの方がいいよと勧めた。というより妻をダシにしただけだ。確実にバレてはいるが。Kindleならイヤフォンをつければ一人で視聴出来るし、それなりに画面が大きいので快適だ。以前ほどではないが、再びアニメを見始めた。

 

またアニメを見るようになってから私に少しだけ変化があった。ストレスを感じても受け流せるというか、心穏やかになったのだ。これには結構驚いた。私はずっと「自分の好きなことは何か?」と考えてきたが、もしかしたらこれが答えかもしれない。そう思うと少し嬉しかった。

 

「見たくてもみれない」のと「見ようと思えばいつでも見れる」のでは気持ちの持ちようがまるで違う。裁量権がある方がストレスが溜まりにくいと聞いた事があるが、つまりそういうことなのだろう。バンダイチャンネルはまさに私にとっての救いになった。子どもが二人いては使える時間は限られるが、それでも私はアニメを見続ける。この先、無数の困難が待ち構えているが、星の数ほどあるアニメが、私の背中を支えてくれている限り、頑張れる気がするのだ。

現場から離れるほど「ものづくり」が跋扈する

偉い人がこんなことを言う。「厳しい情勢ではありますがわが社にはすごい技術があるのでなんとか頑張りましょう」なんてことだ。私はそのたびに思う。いったいどの技術のことで、それは他社とはどれくらい差別化できていて、いくらの利益を出しているものなのか。私にはまるで思いあたるふしがない。

 

私はあまりテレビは見ないが、なんとなく日本や日本人を称賛する番組が増えたように思う。多分そういうものが世間では求められているのだろう。この国が自身をなくしている表れかもしれない。実際にネット上ではその手のサイトを製作するための人材を募集しているようだ。

「世界が絶賛する日本!」みたいな自国礼賛サイトはこうやって作られていた - エストニア共和国より愛をこめて

 

私は製造業に従事しているが、現場でものづくりなんて誰も言わない。日々の業務をこなすだけだ。ノルマに追われ、納期に追われ、予算を絞られ、偉い人から無茶を言われるのである。俺たちにはすごい技術があるなんて誰も思ってない。いたらただのアホだ。そもそも自分達が作っている物が、最終的に何に使われるかもわからない場合もある。図面の指示に従っているだけだ。

 

「ものづくり大国」とか「技術立国」なんていうが、そんなのはとっくに終わっている。過去の栄光にすがり付いているだけだ。確かにGDPはいまだ世界3位だか、一人あたりのGDPは26位だか27位だそうだ。単純に人口が多いからなんとか保っているが、生産性を向上出来なければ、悲惨な未来が待っている。詳しくはデービッド・アトキンソン氏の「新・所得倍増論」を呼んで欲しいが、日本は皆が思っているほどすごい国ではない事がよくわかる。

 

もう一度言うが、実際に生産に従事している人間はものづくりなんて言わない。言うのは偉い人か、現場と無関係な人間だけだ。いや、現場を知らないからこそ言えるのかもしれない。製造業にしろサービス業にしろ、「技術」や「おもてなし」なんてものはそうしなければクビになるからしているだけで、本当はどうでもいいと思っているのではないだろうか。

 

私はもうわかりやすい言葉で誤魔化すのはやめて、現実を直視するべきだと考えている。高齢化も少子化もかなりヤバイところまできているし、長時間労働同一労働同一賃金など仕事に対する意識を変えなければならないだろう。昔と同じやり方ではきっと解決出来ない。新しい価値観が必要だがそれが芽生える気配はまだない。「ものづくり」なんて言っている限りこの国に未来はない。

家庭不適合者の私と家族が欲しかった妻

結婚してもう3年経とうとしている。様々な出来事があったが、いまだに家庭というものに慣れない。勘違いしないで欲しいが、離婚したいとか嫌いになったとかそういう訳ではない。単純に私の気質の問題だ。

 

私の実家は今はもうオンボロになってしまったマンションだ。2LDKで家族6人が暮らしていた。各部屋は襖で仕切られているだけで、私には兄と弟、妹がいるが子ども部屋はなく、家を出るまで兄と弟とひとつの部屋で寝ていた。ちなみに妹と母が同じ部屋で、父はリビングに布団を敷いていた。プライバシーのプの字もなく、非常に苦痛だった。そのせいなのか、私は何かしているのを人に見られるのが苦手だ。本を読む、勉強をする、個人的な買い物、自分ですることに関しては、見られているとストレスを感じるのだ。それは結婚した今でも変わらない。

 

私は4年一人暮らしをしたが、思えば人生で一番充実していた。時間も金も体力も、全て自分のために使用できた。なんというか、自分自身に対する裁量権がとても大きいといえばいいだろうか。例えば食事にしても、料理を作る時もあるし、外食だったり食べなかったりした。どれを選択しても誰にも文句を言われない。ある時には食事を作るだけ作って食べずに寝たこともあった。ストレスが溜まったら(溜まらなくてもだが)、録画した深夜アニメをみたり、うまいラーメン屋に行ったりして発散できた。私は子どもの頃からよく熱を出していたが、ストレスが溜まらないせいか、ほとんど病気にならなかった。

 

妻は詳しくは説明出来ないので割愛するが、血縁者がいない。なので、家族というものに憧れがあった。前夫がどうしようもないろくでなしだったが、なかなか離婚出来なかったのはそれが理由だ。また、かなりの寂しがりやで、同じ家に暮らしているのに、私が別の部屋で作業をしていると、寂しくなって寄ってきたりする。酷い時には同じ部屋でもおきる。私とは正反対の性格だ。ひとりが好きな私とひとりが苦手な妻。なかなかままならないものだ。

 

そもそもこんな性格の私が何故結婚したのだろうとたまに自問する。単純にタイミングがよかったとか、適齢期だったからとか、もちろん好きだからというのもある。ただ、何か確定的な出来事があった訳ではない。いくつかの要素が重なって、まぁいいかなみたいな気持ちになったのは覚えている。結婚するときは案外そんなもので、むしろ劇的な展開があって結婚したという人の方が少ないのではないかと思う。

 

ひとつの家族になる以上、摩擦は避けて通れない。家族をうまく運営するためにはすり合わせが必要だ。妻に折れてもらったり子どもに我慢してもらう時もあるだろう。逆に私が彼女達のためにするべきこともたくさんある。家族とはとても面倒だが、それが醍醐味になっている側面もある。一人暮らしの方がよほど楽しく楽ではあるが、結婚した以上妻と子どもたちを幸せにしてあげたい。

 

最後に最近見かけた、まさにその通りだなと思ったツイートを紹介しておく。ストレスは溜め込むものじゃない。

私と娘とポッピンQ

娘にせがまれて映画「ポッピンQ」を見に行った。東映アニメーション60周年記念のプロジェクトとして製作されたアニメーション映画であり、随分と気合いが入っているようだ。

劇場アニメ「ポッピンQ」 | 公式サイト

一応ストーリーをWikipediaから引用しておこう。

 

通過点でしかないと思っていた卒業式を目前に控え、中学3年生の伊純は前に進めずにいた。そんな時、海で美しく輝く「時のカケラ」を拾った伊純は、不思議な世界「時の谷」へと迷い込む。そこで、同い年の蒼、小夏、あさひ、そして「時の谷」に住み「世界の時間」の運営を司るポッピン族と出合う。「時の谷」と「世界の時間」が今まさに崩壊の危機に瀕していた。

危機を脱するには、伊純たちの持つ「時のカケラ」を集め、心技体を一致させた「ダンス」を踊るしかないという。迫りくる危機と、ポッピン族の厳しいダンス指導に戸惑う伊純たち。そんな中、ダンス経験者の沙紀が現れるが……。

「時のカケラ」に導かれた5人はダンスで世界を救えるのか?そして、無事に卒業できるのか?

 

プリキュアにSFを混ぜこんだ様な作品で、ダンスシーンはプリキュアのエンディングでノウハウがあるのか、よくできていた。しかし、簡潔にいってどの層に向けたのか、何がしたかったのかよくわからない作品だった。あれこれ詰め込み過ぎで消化不良といってもいい。もっとシンプルにすべきだった。同じように思った方もいる。

映画『ポッピンQ』感想 この映画を女児向けと見るか、大友向けと見るか難しいところだ…… - 物語る亀

【ネタバレあり】ポッピンQの残念さについて考えてみた(辛口感想・レビュー) - 立て直せ、人生。

 

 

 子ども向けというには世界の時間や同位体の設定などわかりにくいし、大人向けにしてはダンスで世界を救うなんてお手軽過ぎる。決してダンスが駄目な訳ではないが、ダンスでなければならない理由が薄かった。途中でバトルシーンもあるが、はたして必要があったのかと思う。素直にダンスだけにして、キャラクターがぶつかり合い、葛藤を乗りこえてダンスを完成させる方がよかった。沙紀という一人だけ元からダンスが得意なキャラクターがいるが、ある理由で心を閉ざしている。5人でダンスを完成されなければならないため、彼女のトラウマを解消し、心を開かせなければならないが、その過程があまりに都合よすぎるのではと思えた。沙紀だけでなく他のキャラクターについても同様で、悩みや問題を克服する描写が純伊純以外ほぼない。そもそも世界を救うはずのダンスも、練習シーンはあるにしても、いつの間にそんなに出来るようになったんだよと思ってしまった。沙紀を含めた5人揃って練習したシーンはなく、ラストシーンで沙紀が「私に合わせて」の掛け声だけで踊れてしまっているのだ。あれこれやりたいのなら、テレビシリーズで丁寧に作って欲しかった。この作品はその方が合っていると思う。

 

プリキュアは毎年新シリーズが発表され、それに合わせて映画も製作される。映画版プリキュアはテレビシリーズを土台にして製作されるので、世界観やプリキュアになった理由等はわざわざ説明されない。しかし、ポッピンQは完全新作である。2時間という枠がある以上、詰め込められる内容には限界がある。

 

エンドロールの後、少しだけその後の映像が流れたが、続編を期待させる内容だった。しかし、はっきりとしたアナウンスがなかったので、実際のところどうかはわからない。ひとつひとつの要素が悪くなかったので、これからの作品展開に期待したいところだ。

 

最後に娘の感想だが、とっても面白かったと答えている。子ども向けとしてはこれでよかったのかもしれない。

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衝動を待ち続けている

昨年の暮れにある音楽番組がやっていた。音楽番組といってもプロのミュージシャンが出演するのではなく、一般の方が歌のうまさを競っていた。ウッチャンナンチャンがMCを務めていたが、久しぶりに揃っているのが印象的だった。内容も結構本格的で、当然ながら皆とても歌が上手い。今度デビューする新人だと言われても全く違和感がないくらいだ。どちらかといえば若い方が多かったが、小学生から現役の医者まで、多様な人が出ていた。

 

きっと私にはわからないくらい猛練習したはずだ。優勝したのは女子中学生でミュージカルの曲を歌った。感情的に歌い上げてとても素人とは思えなかった。これくらい歌が上手ければきっと楽しいだろうと思った。彼女だけでなく、予選敗退した人々も歌が好きなのだろう。それほどの熱意は私にはない。

 

いったい、そういう情熱はどこから来るのだろう。何かのきっかけがあったのか、それとも気づいたらのめり込んでいたのか? 頭で考えるようなことではないかもしれない。

 

クリス・ギレボー著、本田直之監訳の「一万円起業」では、自分の得意なこと、好きなことをビジネスにしようとある。本著に限らず、同じように説く人は多い。その考え方は圧倒的に正しい。やはり夢中になって取り組める方がいいに決まっている。しかし、情熱を持たない、持てなかった私にはまるで夢の様な話だ。

 

そもそもそういったものにどこで出合うのだろうと考えているとこんな記事を見かけた。

 「やりたいことがない人」がなぜ、企業にとって魅力的な人材ではないのかを説明する。 | Books&Apps

 

この記事では「野心」という言葉が使われているが、私が求めているものに近い。野心についてこう解説している。

 

だが、冷たいことを言うようだがそれは単なる勉強不足、経験不足である。なぜなら、野心は、高度な勉強や多様な体験から生まれるからだ。

 

先人の残した研究や知見を学び、実際にそれを現場で見て、触って確かめ、自分自身の試みを適用してフィードバックを得る。そして、その中から、「野心」が生まれる。

 

私はまだ、心捕まれる様な何かに出会っていない。つまり今の環境では見つけられないということだ。出会うためには転職したり勉強する必要がある。単純にすむ場所を変えてもいいかもしれない。いずれにせよ、色々と試すしかない。私はいつか来るかもしれない衝動を待ち続けている。