高卒ブルーカラーの考えるあれこれ

1988年生まれ 大阪在住 二児の父

女の子は他人の家の子なのか?

久しぶりに更新する。すっかりほったらかしになってしまった。

 

以前、公園に子どもたちを連れていった。まだまだ冬が厳しい頃だったが、長女は元気なものでそこらじゅうを走り回っていた。私は次女の手を引いて散歩していた。次女はあらゆるものに興味をひかれ、楽しそうだった。その時、ベンチに座っていたお爺さんに声をかけられた。犬の散歩中の様で傍らに茶色い犬が伏せていた。たわいもない会話だったが、お爺さんに「子どもは女の子二人?」と聞かれ、そうですと答えると「女の子は人の家の子だから、男を産んで跡継ぎをつくらないと」と言われた。私は一瞬、何を言っているのかよくわからなかったが、つまり女の子は嫁にいって家を出てしまうと言いたいのだろうと理解した。

 

私には子どもに残すような資産も家もない。名のある家柄でもない。情けないような気もするが、現実なのだからしかたない。だが、何も残せるのは金銭的価値のあるものだけではない。例えば大げさではあるが自分なりの哲学や生き方、歩んできた人生の道のりなど、形にはなくても伝えられるようなものだ。

 

ブギーポップシリーズのどの作品か忘れてしまったが、ある人物の台詞で好きな台詞がある。それは「自分の発言や行動が望む望まないに関わらず、誰かに影響したり、遺志が引き継がれていく」というものだ。なんともあやふやな感じがとても人間らしく思える。

 

先のお爺さんも特に裕福には見えなかったので、おそらく残せられるものもそう多くはないだろう。それでも跡継という考えになるのはそれが当たり前だった時代に生きたからだ。かつては家父長制だったし、それがある種のアイデンティティになっていたと思う。だから古い考えとは思うが否定されるものではないし、今の時代に合わなくなっただけだ。

 

私はもう30になる。子どもたちやこれから出会うであろう年下人に何を伝え、残せられるだろうか。そんなことを考えるようになった。